LGBTは生物学的にまちがっている?【東大生が反論してみた】
LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーといわれる性的マイノリティの総称)に対する否定的な意見の中には、こういったものがよくあります:
「LGBTって、生物学的にまちがっているんじゃないの?」
「LGBTって、生物学的におかしいんじゃないの?」
そんな疑問を抱く人は、実はLGBT当事者・非当事者にかかわらず多いかもしれません。
でも、
「じぶんはおかしくないと思うけど、説明できない……」
「LGBTの友人にそれを訊くのは失礼かも……」
と思ってしまい、正面から答えてみようとすることは意外と少ないかもしれません。
果たしてほんとうに、「LGBTは生物学的にまちがっている」のでしょうか?
〈まちがっている〉の種類:基礎編
突然ですが、クイズです。
問: 次の1.〜3.のうち、「仲間はずれの〈まちがい〉」はどれでしょうか。
- 熱の正体は、「熱素」という物質である。
- 舌の先では甘味を、舌の根元付近では苦味を感じる。
- 知らない人に、殴りかかる。
……答えは決まりましたか?
答: 3. 知らない人に、殴りかかる。
解説:
1, 2, 3はすべて〈まちがっている〉という点では同じです。しかし、その中身が少しちがいますよね。
1. 熱の正体は、「熱素」という物質である。
→ 事実ではない(※ 熱の正体は、分子の運動。熱力学的に誤り)
2. 舌の先では甘味を、舌の根元付近では苦味を感じる。
→ 事実ではない(※ 味の感覚器官は、位置に関係なく全ての味を知覚します。生物学的に誤り)
3. 知らない人に殴りかかる。
→ よくない(※ 人に殴りかかるのは、だいたいの場合、よくない。道徳的に誤り)
教訓:
上のように、〈何が事実か〉は科学が決め、〈何がよいか悪いか〉は道徳(価値観)が決めます。
つまり、科学が〈何が事実か〉を決める担当であり、道徳は〈何がよいか悪いか〉を決める担当なのです。
こうして私たちは、2つの知識を手に入れました。
ひとつ目は、〈まちがっている〉には、〈事実ではない〉と〈よくない〉の二種類ある、ということ。
ふたつ目は、〈何が事実か〉は科学が決め、〈何がよいか悪いか〉は道徳が決める、ということ。
〈まちがっている〉の種類:応用編
ではこれを、「LGBTって、生物学的にまちがっているんじゃないの?」に使ってみましょう。
私たちは、科学が決められるのは〈何が事実か〉だけである、ということを知っています。そうすると、「LGBTって、生物学的にまちがっているんじゃないの?」は「LGBTは、事実ではないんじゃないの?」と言い換えることになります。
「LGBTって、生物学的にまちがっているんじゃないの?」
↓
「LGBTは、事実ではないんじゃないの?」
しかし「LGBTは事実である」ということを知っています*。だから、「LGBTは生物学的に正しい」と言えるのです!
(*たとえば「電通ダイバーシティ・ラボ」の実施した「電通 LGBT 調査 2015」では、7.6%がLGBTであるという結果が出ています)
……でも、と思う方がいるかもしれません。
「でも、生物の目的は子孫繁栄で、子孫繁栄に貢献しないLGBTは生物としてまちがっているんじゃないの?」と。
しかし、(科学的には)生物に目的はありません。
たしかに生物は、子孫の繁栄に役立つような性質をたくさんもっています(子どもを産む、育てる、性欲がある、など)。しかし、何かに役立つ性質を(大多数が)もつからといって、それが目的になるわけではありません。たとえば、包丁は人を刺すのに役立つ性質をもっています。しかし、だからといって人を刺すことが包丁の目的になるわけではありません。ものごとの目的を決めるのは、科学ではなく人の主観・推測なのです。
つまり、「子孫繁栄が生物の目的なのだから、それに貢献するべきだ」という意見も、人の主観を根拠にしたものにすぎない、というわけです。言い換えれば、これは科学ではなく道徳・価値の話なのです。
まとめ
さて、私たちはいくつかの知識を手に入れました。
- 〈まちがい〉には、種類がある。
- 科学が決めるのは、事実関係。
- ものの目的やもののよし悪しを決めるのは、道徳や価値(人の主観)。
- 「LGBTが生物学的に/生物として/道徳的にまちがっている」は、すべて主観の問題であって、科学的な裏付けがない。
この知識を活用すれば、「LGBTって、生物学的にまちがっているんじゃないの?」という疑問も、解消されるのではないでしょうか。
参考資料
・長谷川 寿一、長谷川 真理子『進化と人間行動』(2000)東京大学出版会
・多賀 太「「ジェンダーと教育」研究の新展開—不平等の多元化と視点の多様化のなかで」(稲垣京子・内田良編『教育社会学のフロンティア2 変容する社会と教育のゆくえ』岩波書店 (2018) 145-165)