同性パートナーの医療同意〜入院や手術に備えるために知っておくべきこと〜

同性のパートナーと生活していると、不意に「もしパートナーが急に入院したら、病室に入れるだろうか」「手術の同意書に自分がサインできるだろうか」といった不安を感じることがあるかもしれません。日本では同性婚が法的に認められていないため、パートナーが病気や怪我をした際に、医療現場でどのような扱いを受けるのかが不透明だと感じる人は少なくありません。普段は意識していなくても、健康診断で気になる結果が出た時や、パートナーが体調を崩して救急搬送されたというニュースを目にした時など、ふとした瞬間にこの不安が現実味を帯びてくることもあるでしょう。
ここでは、実際に医療現場で何が起きているのか、そして今からできる備えについて具体的に掘り下げていきます。
医療同意の仕組みは、実はあいまいなまま

意外に知られていませんが、日本には「家族なら医療同意ができる」と明確に定めた法律はありません。医療行為への同意は本来、患者本人の一身専属の権利であり、本人以外の第三者に法的な同意権があるわけではないと考えられています(引用:医事法学の解説「医療同意権の法的性質」)。それでも実際の医療現場では、本人の意思確認が難しい場面で家族が説明を受け、同意書にサインするという運用が長年の慣行として続いてきました。つまり、法律上の配偶者であっても、医療同意について明確に規定された絶対的な権利を持っているわけではなく、多くは病院ごとの運用や医師の判断に委ねられているのが実情です。この「法律上は明確でないが慣行で運用されている」という構造そのものが、同性パートナーにとっては不利に働きやすい点となり得ます。血縁や婚姻関係がない相手の場合、病院側が「家族」として扱ってよいかの判断に迷い、結果として同意書へのサインや詳しい病状説明を断られてしまうケースが実際に起きています。
同じ状況は、法律婚をしていない事実婚のカップルにもある程度当てはまります。事実婚のパートナーも戸籍上は「他人」のため、医療現場での扱いは病院によって差が出ることがあります。ただ、事実婚は異性間の関係として社会的にイメージされやすく、住民票の続柄表記など間接的に関係を示せる手段も同性カップルよりは選びやすいのが現状です。同性パートナーの場合は、こうした間接的な証明手段自体が少ないため、関係を示す材料をより意識的に用意しておく必要があるという点で、置かれている状況に違いがあります。
面会や手術同意の現場で起きていること

がん患者向けの情報サイトが看護部長を対象に行った調査によると、面会や終末期のケアについて血縁関係者と異性のパートナーのみに限定している病院が2〜3割にのぼり、手術の同意に関しては半数以上の病院が血縁の家族を重視する運用をしていると報告されています(引用:国立がん研究センター「もっと知ってほしいがんと生活のこと」同性のパートナーの面会、同意書へのサインについて)。具体的には、手術や入院の際に同性パートナーが同意書にサインしようとしても「効力がない」と伝えられたり、ICUでの面会を家族以外という理由で断られたり、医師からの病状説明にパートナーだけでは同席できなかったりする、といった声が寄せられています。こうした対応は病院によって差が大きく、同じ制度がある地域でも医療機関ごとに解釈が異なることも珍しくありません。パートナーとして長く生活を共にしてきた相手が、いざという時に「他人」として扱われてしまうかもしれないと不安を感じるのは、こうした現場の実態を考えれば無理もないことです。
特に問題になりやすいのは、突然の入院や緊急手術のように、事前に準備する時間がほとんどない場面でしょう。落ち着いて話し合う余裕がある予定手術であれば、あらかじめ病院に相談し、必要な書類を揃えておくことも可能です。しかし救急搬送のような緊急時には、駆けつけたパートナーがその場で関係性を説明しなければならず、受付や当直の医師が判断に迷い、結果として面会や説明が後回しにされてしまう状況が起こりやすくなります。血縁の家族がすぐに駆けつけられない場合、この初動の差がそのまま「そばにいたい人がそばにいられない」という結果に繋がりかねません。
パートナーの医療同意とは少し論点が異なりますが、医療現場でのLGBTQ+当事者の困りごとは、実はもっと広い範囲で起きていることも知っておくと良いでしょう。認定NPO法人ReBitが行った調査では、LGBTQ+当事者の約8割が行政・福祉サービスの利用で困難を経験しており、トランスジェンダーの男性・女性については約8割が医療機関の利用で困難を経験し、その影響で4割が症状が悪化しても病院に行けなくなった経験があると報告されています(引用:認定NPO法人ReBit「LGBTQの実態調査2023」プレスリリース)。これはパートナーの医療同意そのものを尋ねた調査ではありませんが、医療現場でのLGBTQ+への理解や対応が地域や医療機関によって差があり、当事者本人が「困難を経験した」と感じる場面が実際に一定数存在することを裏づけるデータとして参考になります。パートナーの立ち会いや同意の場面だけでなく、本人自身の受診のしやすさという点でも、医療機関側の理解が課題として残っていることがうかがえます。
パートナーシップ制度がもたらす変化

このような状況を後押しするように広がってきたのが、自治体によるパートナーシップ制度です。渋谷区と認定NPO法人虹色ダイバーシティが共同で行っている全国調査によると、2025年5月31日時点で導入自治体数は530、人口カバー率は92.5%に達しています(引用:渋谷区・虹色ダイバーシティ「全国パートナーシップ制度共同調査」)。制度がスタートした2015年当初と比べると、この10年ほどでほぼ全国どこに住んでいても利用できる水準まで広がってきました。
パートナーシップ制度そのものは法律上の婚姻関係を作るものではなく、医療同意についての法的な権限を自動的に付与するものでもありません。しかし、証明書を提示することで「二人がパートナーであること」を病院側に客観的に示しやすくなり、結果として面会や同意の場面で配偶者に近い扱いを受けやすくなる、という効果は各地で報告されています。例えば堺市のパートナーシップ宣誓制度では、市の医療機関に対し、パートナーシップの関係にある人が面会や手術の同意を病院に求めることができると明記されています(引用:堺市「堺市パートナーシップ宣誓制度」関連情報)。すべての病院が同じ運用をしているわけではありませんが、制度があること自体が対話のきっかけになっている側面は大きいでしょう。
事前にできる備え 意思表示や委任の活用

制度の有無にかかわらず、今からできる備えもあります。その一つは、任意後見契約という形で、あらかじめパートナーを自分の代理人として選んでおく方法です。任意後見人の権限の範囲は契約内容によって決まるため、公序良俗に反しない範囲であれば、法定後見よりも柔軟に医療に関する意思決定の権限を委ねられる余地があると考えられています(引用:公益社団法人成年後見センター・リーガルサポート「医療行為における本人の意思決定支援と代行決定に関する報告及び法整備の提言」)。契約には公正証書を作成する手間がかかりますが、その分、パートナーの立場を書面で明確にできる安心感があります。
もう少し手軽な方法としては、医療に関する意思表示書や委任状を自分たちで作成しておくやり方もあります。行政書士事務所の解説では、パートナーシップ証明書に加えて、あらかじめ医療同意に関する意思をパートナーに委ねる書面を用意しておくことで、いざという時の安心材料になると紹介されています(引用:けいか行政書士事務所「同性パートナーの入院に備える」)。書面には、緊急連絡先として最初にパートナーへ連絡してほしいこと、病状説明にパートナーの同席を希望すること、面会を家族と同等に認めてほしいことなどを、具体的な言葉で書いておくと病院側にも伝わりやすくなるでしょう。こうした書面は法律上の強制力が完全に保証されているわけではありませんが、本人の意思を示す資料として、医師や病院側の判断を後押しする材料になり得ます。
東京都も、パートナーシップ制度の利用者向けに、入院時の面会や付き添い、診療方針の説明をパートナーと一緒に聞きたい場合の案内をまとめたリーフレットを公開しています(引用:東京都総務局人権部リーフレット)。こうした行政資料は、実際に病院の窓口でどう説明すればよいかの参考にもなるため、事前に目を通しておくと良いかもしれません。
意思表示という意味では、厚生労働省が普及を進めている「人生会議」(ACP、アドバンス・ケア・プランニング)という考え方も参考になります。これは、人生の最終段階における医療やケアについて、本人が大切にしたいことを、家族だけでなく信頼する人や医療・介護の担当者を交えて前もって話し合い、共有しておく取り組みです(引用:厚生労働省「人生会議」特設ページ)。一度話し合ったら終わりではなく、心身の状態や気持ちの変化に応じて何度でも話し合い直してよいとされている点も特徴です。この枠組みは血縁の家族に限定されたものではなく、「信頼する人」を話し合いの相手に含めることが前提になっているため、同性パートナーを交えてあらかじめ人生会議を行っておくことは、医療機関に対して本人の意思を伝える一つの実践的な方法になり得ます。話し合った内容を書面に残しておけば、東京都のリーフレットや医療同意に関する意思表示書と合わせて、パートナーの存在を医療機関に伝えるための材料が重層的に揃うことになります。
「身寄りがない人への支援ガイドライン」が役立つ可能性

もうひとつ知っておきたいのが、厚生労働省が公表している「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」です。これは主に、血縁の家族と連絡が取れない、あるいは家族の支援が得られない患者を想定したものですが、本人の意思を可能な限り確認し、それが難しい場合には本人にとっての最善の利益を考慮して医療機関が方針を決定するという考え方が示されています(引用:厚生労働省「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」)。
このガイドラインは同性パートナーを直接の対象にしたものではありませんが、「法律上の家族がいない、または関わりが薄い場面でも、本人の意思を尊重して医療機関が判断してよい」という枠組みを示している点で、同性パートナーが立ち会いや説明を求める際の後押しになる可能性があります(引用:厚生労働省「身寄りがない人への対応について」)。実際にどこまで適用されるかは病院ごとの判断によりますが、こうした国のガイドラインの存在を知っておくこと自体が、いざという時に病院側と話をする際の材料になります。
このガイドラインの考え方をあえて言い換えるなら、医療機関にとって重要なのは「戸籍上の家族かどうか」そのものよりも「本人の意思をどう確認し、それをどう尊重するか」だということです。血縁の家族がいたとしても本人の意思と食い違うことはありますし、逆に血縁の家族がいなくても、本人の意思を最もよく理解しているのが同性パートナーであるという場面は十分にあり得ます。この考え方が医療現場によりいっそう浸透していけば、パートナーの立場も自然と重視されやすくなっていくはずですが、現時点では病院ごとの理解度にばらつきがあるのが実情です。だからこそ、本人の意思をあらかじめ文書として残しておくことが、この枠組みを実際に活用するうえでの土台となるでしょう。
病院選びや相談でできる工夫

完全な解決策とまではいかなくても、日頃からできる工夫はいくつかあります。かかりつけの病院がある場合は、落ち着いているうちに、パートナーとの関係や、緊急時にどう対応してほしいかを一度伝えておくと、いざという時にスムーズになりやすいという声もあります。大きな病院であれば患者相談窓口が設けられていることも多く、そうした窓口にあらかじめ相談しておくのも一つの方法です。
パートナーシップ証明書や医療に関する意思表示書は、常に携帯しておくか、パートナーと共有できる場所に保管しておくと、緊急時にすぐ提示できるでしょう。家族や友人など、信頼できる第三者にも自分たちの関係と希望を共有しておくと、本人が意思表示できない状況でも周囲が代弁しやすくなるという側面もあります。医療機関側の取り組みも少しずつ進んでいます。日本プライマリ・ケア連合学会は「LGBTQフレンドリーな医療機関となるための10か条」を公表しており、問診票の性別欄の見直しや、パートナーを家族に準じて扱う姿勢など、医療従事者向けに具体的な指針を示しています(引用:日本プライマリ・ケア連合学会「LGBTQフレンドリーな医療機関となるための10か条」)。すべての病院がこうした指針を採用しているわけではありませんが、地域にこうした取り組みを進めている医療機関がないか、あらかじめ調べてみるのも一つの手です。もし手術や入院が事前に決まっている場合は、日程が決まった段階で早めに病院の相談窓口に連絡し、パートナーとの関係や希望する対応について時間をかけて説明しておくと、当日になって慌てずに済むでしょう。反対に、事故や急病のように予定できない場面に備えるなら、パートナーシップ証明書や意思表示書をスマートフォンで写真として保存しておく、あるいは携帯するカードケースに入れておくといった工夫が、いざという時の初動を早めます。
関係性や備え方は多様、自分たちに合った方法を

ここまでご紹介した備えは、あくまで選択肢の一つ一つであって、すべてのカップルに同じやり方が合うとは限りません。パートナーシップ制度を利用している人もいれば、あえて利用していない人もいますし、任意後見契約のように書面をきっちり整えておきたいと考える人もいれば、まずは病院に直接相談することから始めたいと感じる人もいるでしょう。どの備え方を選ぶにしても、それが正解・不正解という話ではなく、自分たちの関係や暮らし方に合わせて選んでいくものと捉えていただけたらと思います。
また、パートナーと血縁の家族との関係性もカップルによってさまざまです。家族にすでに関係を伝えている人もいれば、まだ伝えていない、あるいは伝える予定がない人もいます。医療同意の場面でパートナーと血縁家族の意向が食い違う可能性もゼロではないため、不安に感じる方もいるかもしれません。だからこそ、元気なうちに自分の意思をできるだけ明確な形にしておくことが、パートナーだけでなく自分自身を守ることにも繋がります。
備えを進める順番にも決まりはありません。まずはパートナーシップ制度の証明書を取得してから書面を整える人もいれば、先に医療に関する意思表示書だけを作って、制度の利用は追って検討するという人もいます。任意後見契約のように専門家の関与が必要なものは費用や手間がかかるため、すべてを一度に揃えようとせず、今の自分たちの状況で優先度の高いものから少しずつ形にしていくという進め方でも構わないはずです。転居や就職・転職のタイミングで住んでいる自治体のパートナーシップ制度の有無が変わることもあるので、生活の節目ごとに備えの内容を見直す機会を持てると、なお安心できます。
働き方の面でも、同性パートナーを配偶者に準じる形で扱う福利厚生を整える企業が少しずつ増えており、パートナーの入院時に使える休暇制度を設けている職場もあります。JobRainbow(https://jobrainbow.jp/)では、そうした同性パートナー向けの制度を含めダイバーシティに取り組む企業の情報を探すこともできるので、働き方から備えを考えてみたいという方は覗いてみても良いかもしれません。
医療同意をめぐる制度は、まだ発展の途上にあります。ここで紹介した内容がすべての病院にそのまま当てはまるわけではありませんが、何も知らずに不安を抱えているよりも、使える制度や書面の選択肢を知っておくことで、いざという時に落ち着いて行動できる可能性は高まります。パートナーシップ制度の人口カバー率が9割を超えたように、社会の枠組みは少しずつ同性カップルの実情に追いついてきています。ただ、制度が整うのを待っているだけでは、目の前の入院や手術の場面には間に合わないこともあります。だからこそ、今の制度でできることとできないことを正しく理解した上で、自分たちで用意できる備えを一つずつ形にしていくという姿勢が、当面のあいだは現実的な選択肢となりそうです。パートナーと話す時間がある時に、一度こうした備えについて話し合ってみるのも良いでしょう。
参考
- 厚生労働省「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」
- 厚生労働省「人生会議」特設ページ
- 認定NPO法人ReBit「LGBTQの実態調査2023」プレスリリース
- 日本プライマリ・ケア連合学会「LGBTQフレンドリーな医療機関となるための10か条」
- 厚生労働省「身寄りがない人への対応について」
- 渋谷区・認定NPO法人虹色ダイバーシティ「全国パートナーシップ制度共同調査」(PR TIMES)
- 国立がん研究センター「もっと知ってほしいがんと生活のこと」同性のパートナーの面会、同意書へのサインについて
- けいか行政書士事務所「同性パートナーの入院に備える」
- 東京都総務局人権部 パートナーシップ制度リーフレット
- 公益社団法人成年後見センター・リーガルサポート「医療行為における本人の意思決定支援と代行決定に関する報告及び法整備の提言」
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