LGBTは、政治対立の道具じゃありません。社会問題なんです。【音喜多都議インタビュー】

ライター: JobRainbow編集部
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2013年の東京都議会議員選挙戦にて、音喜多駿さんが学生時代からつけていたブログにおける記事が、セクシュアルマイノリティに対しての配慮がないと指摘され、関係団体から抗議を受けたことがありました。

以後、音喜多さんはセクシュアルマイノリティの団体と対話し、自分の中の偏見と向き合い、謝罪。自分が向き合ったことのなかったLGBTの当事者たちと話すことで、自分が想っていたよりも多くの人たちが苦しみ、悩んでいることを知りました。

音喜多さんは今やレインボープライドに毎年参加し、セクシュアルマイノリティたちの環境改善に、政治と言う側面から向き合っています。

今回は、そんな音喜多さんに都政から見たLGBT問題について、お話ししていただきました。

▼東京都が、ここ数年でLGBT啓蒙活動を推進していったのはなぜですか?

音喜多都議

世界でのLGBT関連のニュースが日本に入ってきたことと、オリンピック・パラリンピックを視野に『ダイバーシティ』というワードが一般的に広まってきたことが大きいと思います。

小池知事が東京都知事になるまでは、保守政党の自民・公明党が東京都議席の大半をしめてきました。

自民党は、LGBTはあくまでも人権の一つでしかなく、それに対して何かアクションを起こすことはしてこなかった政治勢力です。

その影響も色濃く、自分が議員になる前に都議会議員たちの発言を調べたときも、直近では1人の女性議員しか、LGBTに対しての話題を議会で挙げている人は見つけられませんでした。それも、年に1回くらいの程度のものです。

話題に挙がったとしても、周囲の反応も「ニッチなところを取り上げてどうするんだ」と言う姿勢でした。

非自民党の小池知事は、そういった政党のしがらみから外れた議員です。

ただ小池知事も、もともとLGBTに関心はなかったと思います。そんな話は、立候補段階では公約にあげていませんしね。

私としては小池知事に対して知事選に立候補するときから「老若男女」だけでなく、LGBTなどの性的マイノリティが活躍できるようにという話はしていました。小池知事が事実上率いている「都民ファーストの会」にはLGBT課題の解決に熱心な議員も多く、そうした新人議員たちが増えた影響もあって、LGBTの活動に関しても積極的に動いたんでしょうね。

オリンピック&パラリンピックがあって、ダイバーシティ→LGBTへの動きが高まってきました。ムーブメントが可視化されてきたと感じます。

それでも都議会や行政は二の足を踏んでいましたが、それに対し小池知事は「LGBTに今活動を向ければ支持を得られる」と気付き改革を始めたのでしょう。

物事に敏感で、感じ取ったらすぐ行動に移す、というのは小池知事の大きな特徴だと思います。

▼少しずつ政治家の人たちがLGBTの活動をすすめてきました。きっかけはなんだったんでしょうか?

音喜多都議

日本の政治はもともと、世界のトレンドに流されやすい傾向にあります。

世界でも同性婚がどんどん推進されている。日本も続け、というトレンド意識が強まっている。

メディアで取り上げられるうち、いつの間にか皆が興味を持つようになって、ホットなトピックになる。

言い方は悪いけど、そのブームに乗れば票が取れることに気付いたから、議員たちが参加するようになったわけです。

票につながる、という意識は政治家の中にどうしてもあります。

LGBTだけでなく、表現の自由なども含めて、票やお金になりそうだと感じると議員たちは意識しはじめる。

山田太郎さん(※)が表現の自由を守れと主張して選挙で成功を収めてから、議員たちが急に「表現の自由、表現の自由」と言い出したのも記憶に新しいんじゃないでしょうか。

※山田太郎

前参議委員議員。「表現の自由」を守る政策を掲げ、2015年参院選全国比例で野党最多となる29万票を獲得した。

ですが一方で、保守政治家の人たちは、票になるからと言ってそれだけでは動かない。

自分の意にそぐわない場合はそれでも動かないですし、昔からの支援者を失うリスクもある。年配の議員や与党は、特にその意識が大きい。

逆に野党は、今与党が言っていないからチャンスだと言う流れになっていたりします。

本当にその人自身が真摯に社会問題と向き合っているかは、その人の言論だけではなく行動を見なければ判断しづらくなってきています。

個人的には、流行だからと焦ってよく議論もせず、法案・条例案だけプレハブ的に作ることには疑問を感じています。

だから私自身、都のLGBT条例を通す議会では、採決の際に退席(棄権)させていただきました。

LGBT関連の素案を見て、ぜひLGBTに対するサポートは積極的にやるべきだとは思いました。

ですが、まだ条例として通していくには、知事が都議会に対して提案したものにはまだ熟議が足りないんじゃないかと。

活発に活動している団体や著名人だけが、LGBTの当事者ではありません。こちらから手を伸ばさなければ、聞けない意見もある。幸い私にはこれまでの活動でそうしたつながりもあったので、一括りにはできない「当事者」の様々な意見を伺うことができました。

LGBT施策が推進されすぎれば、逆差別になるのではないかという当事者の不安。

一刻も早く対策を取ってほしいけど、それで自分が強制的にカミングアウトしなければならなくなるのではという不安。

条例が1つ可決されるだけで、多くの人々がそれらの悩みと向き合わなければいけなくなります。

そういう細かい気遣いがちゃんとしきれていないものに対して、勢いがあるからやりましょうとアクセルを踏むのは早急すぎると思います。

個別具体的な例を出して、都民からの理解を得てから対策は取るべきです。

例えば世田谷区では、条文を四か月前から公開して議論していたり、慎重に細かいことまで話し合われていました。

何が差別に当たるかなどの基準は事前に策定して、責任を持って都民に説明する義務。政治家として、そこは実直に守っていくべきだと思います。

今は、LGBTがたいへんな注目を浴びている状況です。

オリンピックイヤーになれば、さらにこの動きは顕著になるでしょう。

でも逆に、それが終わってしまったら? 盛り上げた分、たまっていたツケや、オリンピック・パラリンピックが終わってからはどうするのか? という反動が返ってくると私は考えています。

だからこそ政治家は、現段階で起きているブームだけに目を向けるのではなく、この流れで生み出したものを、この先の未来の人たちがしっかりと守り、発展させていくよう、真剣に考えなくてはいけないんです。

▼逆に、都の動きでいいなと思うことはありますか?

音喜多都議

局をたらいまわしにせずに、LGBT当事者の方々の相談を受けられないかと動き出していることです。

これまでは政治的な縦割り制度で、「社会保険の話はあちらに」「就労についてはあちらに」と、相談に来てくれた人たちをシステムの問題でたらいまわしにしていました。

それを、局をまたいで対応すべきだという流れに今はなってきています。

ひとつは、LGBTについての悩み相談は、保障も就労もすべてひっくるめてここで相談できます、という一体型の窓口をつくるというアイディア。

その話はうちの部署じゃ対応できないんです、ではなく、ワンストップで問題に取り組める東京都庁内の専門部署は、構想通り早急にできるべきだと考えます。

また将来的にはもっと踏み込んで、LGBTをこんな風に差別するのはダメ! という話ばかりではなくて、フレンドリーな企業や団体を表彰する空気をもっと行政が主導して作っていければ良いのではないかと思っています。

LGBT研修をして「そういうことなんだ」と啓蒙するだけでは、メディアが流している情報と変わりません。いい活動に対して、称賛する姿勢。それを都の代表が推進していれば、都民たちもそれが讃えるべき素敵なことなんだと認識しやすくなりますから。

障がい者雇用の分野では、少しずつその空気が広まってきていますよね。

こうして称賛を可視化してしまうと逆に生きづらい、やりづらいと思う方も一定数いるとは思いますが、あくまでひとつの手段として、やってみる価値はあるんじゃないでしょうか。

▼LGBTがホットなワードだからこそ、対立する関係も生まれてきました。

そうですね。現状のLGBTに関するメディアやSNSを見ていると、つらく苦々しい気持ちになることもあります。

賛成も反対も、過激な人が増えてしまいました。その中でも、活動家の目立った発言ばかりが取り上げられてしまっている。

それに対して、今度は別方向から「お前は分かっていない」と批判して喧嘩が起こって、議論も対話もなくなっている。

声の小さい、そもそも声を上げる余裕もない本当に苦しんでいる人たちの声はいつまでも届かない……。それでは、解決すべき社会問題もいつまでも平行線の中になってしまいますよ。

また、杉田議員の発言やそのほかの活動家の人たちの言動を見ていると、「もしかして、政治批判とLGBTの問題がないまぜになってるんじゃないか?」と不安にもなります。

LGBTの人たちのまわりにある社会問題は、「与党はこう言っている、野党はこう言っている。だから自分は○○党を支持する」ということと同じように扱える問題ではないんです。

当事者の人が何を悩んでいるのか。何がまだ解決されていない問題なのか。今起こっていることで、新たに苦しんでいる人はいないのか。

本来なら、そういう議論をするべきではないでしょうか。

右翼左翼と言った声の大きい人たちが政治と一緒にLGBTについて語ることで、「LGBTって面倒くさい問題だな」と思われたら、皆がLGBTの問題から目を背けてしまうようになります。

LGBTは、政治対立の道具じゃありません。社会問題なんです。

与党野党などは関係なく、お互い一人の人間として、「何が問題なのか」を冷静に判断して話し合える場がもっと増えればいいと思います。

▼現在の対立構造は、どのように解消していけばいいのでしょうか?

音喜多都議

一つには、Twitterのような空間で喧嘩するのをやめる事だと思います。

140文字しか呟けない小さな世界の中では、言葉少なに語るからこそどの意見も極端に見えてしまう。

人の言葉尻ひとつとって人を斬り捨てるような姿勢のままでは、話し合いなんかできません。

ネットを使うのなら、せめて2000文字くらいの長い文章でしっかりと語るべきではないでしょうか。ブログでも、メディアでもいいです。

そうしたら、どんなに意見が対立していても、ある一端では共感するところもあるだろうし、そうすれば、言葉尻一つ取って批判することも減る。対話をする機会は、そうやってできていくんだと思います。

しっかりと積み重なる議論をするためには、まず自分と違う意見の人が、何故そう考えたのか、きちんと耳を傾けること。

同じ意見の人たちだけをかこっていたら、いつまで経っても何も変わりません。それって、さみしい状態じゃないでしょうか。

LGBTについて注目が集まっていることは、とても良いことだと思います。

だからこそ、今前進している動きを、どう収束させて形にしていくかがこれから大切になる。

議員だってそう。自分の立場を表明するだけじゃなくて、どういうことを考え、どういう行動をしてきたのかしっかり明示する。これは、皆さんに選んでもらう議員と言う立場としては、あたりまえのことです。

ただの自分の「売り」として社会問題を便利に使う流れは、絶対に変えていかなければなりません。

▼社会的に発言力を持たないLGBTの人たちの悩みは、どうやったら解決できるのでしょうか?

音喜多都議

知り合いのレズビアンカップルの方が、今の時代に生まれたのが不幸だと言っていたんです。

少し前までは自分たちが付き合っていようがなんだろうが、だれも見向きをしなかったのに、今やよく知らない人までも「カップルなんでしょ」と注目してくる。

称賛も批判もひっくるめて、多くの人が自分たちに否が応でも視線を寄せてくる。

彼女たちは「隠れるんじゃない」「戦うんじゃない」というメディアや大きな声の人たちの意見が自分たちにぶつけられるばかりで、自分たちがただ静かに一緒にいたいという想いがないがしろにされていると感じています。

10年前の注目されていない時代にひっそり生きていきたかった。

あるいは、あと10年先の受け入れるのが当たり前な時代に生まれたかった。

声の大きくない人たちのそういう苦しみが、今そのままになってしまっています。

ブームはブームでも、結局注目されることで苦しむ人がいると言うことを改めて実感しました。

議会の中でも、例えば法連合の中にいるLGBTの当事者の方の意見をお伺いすることがあります。グループを代表して発言するだけあって、日ごろから発信に積極的な人たちが来てくださいます。

もちろん大事な意見ではあるものの、彼ら彼女らの意見はあくまで一例です。すべての当事者の意見が一致しているわけではない。ですが、あまりそういったことに詳しくない政治家は、その一意見だけを聴いて「LGBTとはそういうものなのか」と思ってしまうところがあって。

(LGBT)法連合のような組織に入っていない声なき声はいつまでたっても届かないし、政治家が意識することも難しい。かといって、積極的に活動している団体の人たちの話を「ひとつの意見」と見切るのも極端すぎる。

ものすごくアンビバレンスな状況にLGBTの社会問題は立たされているなと感じます。

だから、団体にいる代表の人たちも自分たちの意見だけではなく、LGBT当事者たちの様々な意見を語ってくれるようになってほしい。そのためのサポートを、自分もしていきたいです。

 ▼音喜多さんが今後推進していきたいことはありますか? 

腕を組む人たち

LGBTのパートナーシップ制度をもっと広めていきたいです。

基本的人権が守られるはずの日本で、LGBTの人たちが最も阻害されているのが「婚姻」の権利だと思っています。

パートナーがいるということが、現代の男女の婚姻と同等に扱われるよう、あたりまえにパートナーシップ制度がどの自治体にもあるようにしたいです。

実は、個人的には婚姻制度というものさえもいらないんじゃないかと思っているんです。

LGBTの人に婚姻の権利がない、というよりは、婚姻と言うものに縛られて、人間の生活そのものがとても窮屈なものになっているんじゃないかって。

婚姻制度がなければ、これまで作られたいいサービスも機能しなくなるという側面もあります。

婚姻制度が前提で作られた社会だから、婚姻制度がなければ成り立たないものがたくさんある。

でも、人生を共にしたいと考える男女のカップルと想いは変わらないのに、LGBTカップルというだけで区別されてしまうのはやっぱりおかしい。

婚姻制度をなくす社会にするにはまだまだ時間がかかるとなると、今や少し先の未来、苦しむ人たちをどう救うのか。

その先の解決策のひとつとして、現段階ではパートナーシップ制度は必要だと思います。

▼LGBT当事者の人たちに、メッセージをお願いします。

LGBTであることで、誰かに批判を受けて悲しんでいる人。自分は不当な扱いを受けていると怒りを感じている人。そうした方々が少しでも減っていくように、私自身も努力をしていきたいと思います。

ただ一方で、真に「多様性のある社会」とは、自分と異なる意見を持つ人や、自分が不快だと思う価値観とすら共存することでもあります。

自分と違った価値観がある人が仮にいたとしましょう。例えば、LGBTが嫌いだ、という人。差別するのは勿論いけないことだけど、じゃあ自分がこうあってほしい世界だけを突き進めていけば、それ以外の価値観が存在できない息苦しい社会になってしまいます。

それはあまりにも独善的だし、そんな考えの人ばかりの世の中になったら、いつまで経ってもそれぞれの個性や個人が尊重される社会はつくれません。

おそらく自分にとって「理想」だと思う社会は、残念ながらありません。諦めろというわけではありませんが、まずはその現実に向き合うことが大事です。「青い鳥」ばかり追いかけると、疲れ果ててしまいますから。

その上で、自分の意思を表明するときは、反対意見の人たちの話しもまず「聞いて」みることが重要ではないでしょうか。それから、共感しあえる部分があるときは、対話をしてみる。それだけで社会は少しずつ変わります。自分自身の中にも「こういうものなんだな」と許容できる範囲が増えてくると思います。

そして「就職」という部分でいうと、自分がついていけるのか、不安な人。誰にもその不安が伝えられず、苦しんで迷っている人。

就職・転職が人生のすべてではありません。

今、それにつまづいていたとしても、それは人生の終わりではなく、新たな道が開けたと思ってほしいです。

新しい岐路に立った時に、選べる道がある。それは新しい職場への参加かもしれないし、自己表現かもしれないし、フリーランスとしての新しい道かもしれません。

逆に、立ち止まれたからこそ、他の人には選べない道を見つけられることだってあるでしょう。

絶望しそうになったとしても、そこからも選べる道があるし、情報化社会ではそうした道がどんどんできていく。

そうした未来に期待して、たとえ声を大きく上げられなくても、ぜひ前向きに希望や期待を持ち続けてください。その想いに答えられるように、私はこれからも活動を続けていきます。

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