属性ではなく”自分”を磨く。 性別への違和感が導いたキャリアの考え方
事業会社の経営企画やコンサルティング会社などを経て、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社のシニアマネージャーとして活躍されている吉田瑞咲さん。
自身の性のあり方を職場で素直に表現できるまでの体験を通じて生まれた「属性ではなく”自分”を磨くべきだ」という独自のキャリア観を取材しました。これからの仕事選びやキャリアに悩んでいる方は、ぜひお読みください。
カミングアウトせずに働く苦しさ
吉田さん(以下、敬称略):私は2020年まで、性のあり方をカミングアウトせず生活してきました。新卒で入った会社は、男性の上司から「頑張れよ」と肩を叩かれるなど、ボディタッチを伴うコミュニケーションが多い環境。転職先も客先に伺う時にネクタイとスーツを着用する必要があるなど、いわゆる「男性社会」に「男性」として身を置いてきました。
―女性であることを隠して身を置くには、精神的な負担が大きそうですね。
吉田:苦しくはありましたが、他のメンバーが当たり前だと思っていることに異議を唱えれば悪目立ちしてしまいますし、自身がいわゆる「普通」でないことがバレるのではないか。そう考えて、毎日自分を押し殺して働いていました。服装や言動は、必要以上に意識していたと思います。暑いなかネクタイを締めすぎて、のぼせて鼻血を出してしまったこともありました。
―職場ではカミングアウトしない、と決められていたのですか?
吉田:いえ、「カミングアウトしない」と決めていたわけではありません。でも、怖かったんです。どんなに安心できる環境でも、カミングアウトすることで何が起きるかは、カミングアウトした後にしかわかりません。何が起きるかわからない不安に対して、気持ちの整理ができていませんでした。
―そこからどのようなきっかけがあって、カミングアウトに至ったのでしょうか。
吉田: 今の職場ではDE&Iが推進されており、「男性/女性なら〜すべき」といった同調圧力があまりありません。今までのキャリアで最も心理的安全性が高い環境でした。明文化されたルール以外の変な押し付けを感じることが少なく、個人が個人として尊重されています。加えて、本来の自分を隠すことへの精神的な負担が大きくなってきて。珍しいかもしれませんが、先に「今から半年〜1年のどこかでカミングアウトしよう」と決めたんです。
―きっかけがあってカミングアウトしたのではなく、自分でタイミングを決めたのですね。
吉田:私は物事に悩んだ時、日付を決めると、先のステップを踏む覚悟が決まるんです。…とはいえ、決めた時期の直前は特に不安でたまりませんでした。合わなくなってきたメンズスーツを性自認に合ったオーダースーツに変え、髪を少しずつ伸ばしていた私の変化に対して、同僚もざわついているように感じました。クライアントに覚えていただいていても、いわゆる「男性らしい男性」ではないから覚えてもらえているのでは? と疑ってしまうこともありました。
―そこからカミングアウトして、生活は変わりましたか?
吉田:常に感じていた不安や心の負担がなくなりましたし、社内のLGBTQ +当事者・アライコミュニティをはじめ、自身と似た悩みを抱えている人や、理解のある方々と気軽に相談し合えるようになりました。「話せる相手」がいることのありがたみを日々感じています。
キャリア形成に必要な、「自分自身を磨くこと」
吉田:キャリアのなかで感じてきたのは、「自分自身を磨く必要性」です。
―自分自身を磨く必要性、と言いますと?
吉田:社会構造上、LGBTQ+フレンドリーでない企業がLGBTQ+当事者の方を採用するには困難があります。例えば「だれでもトイレ」の設置や社内研修の実施には、数百万円単位のコストと時間がかかります。希望に応えたいと思っても、タイミングや経済的に難しい場合がある。採用人数にも制限がありますから、当事者として「自分は企業が追加コストをかけてまで、他の人よりも採用したい人材だ」と言えなければならない、と感じました。
―当事者だからこそ、強く感じられたのですね。
吉田:はい。「LGBTQ+当事者であること」は「価値」ではなく「事実」です。もちろんバックグラウンドが異なる方が集まることで、企業の意思決定に多様な価値観が反映されることはメリットです。しかし、通常業務に性のあり方が直接活きるシーンは多くないでしょう。
だからこそ、企業が「あなた」を採用するには、属性とは異なる自分自身の価値・魅力を高めなければなりません。
―属性とは異なる、と言いますと?
吉田:たまに、「自分のキャリア形成がうまくいかないのはLGBTQ+だからだ」と仰る方がいます。言いたくなる気持ちは、当事者として痛いほど分かりますし、他人との差異を何かの理由にしたくなるのが人間ですが、採用に必要なのは個人としての価値・魅力です。
それに、異性愛や「男性/女性なら〇〇」といった属性・ラベリングに違和感がある人が、何かの理由に属性を用いるのは本末転倒に思えます。
―属性ではなく「自分の価値」に向き合う必要があるわけですね。
吉田:暮らしのなかで、属性が理由になる場面はあると思います。メイク・ネイル・服などは、性自認と体つきに合った店・商品の選択肢がそもそも少なく、私も日々苦しい思いをしています。しかしキャリアは少し話が異なり、「他の人よりも採用したい」と思ってもらうために、経験やスキルの独自性を言語化したり、足りないと思う部分を現職で補っていったり…自分自身に向き合った時の「できること」が多いのではないでしょうか。
「絶対に嫌なこと」を考えたら、中長期のキャリアが形成できる?
吉田:正直なところ、どのような企業でも、LGBTQ+に対して偏見のある方は必ずいると思います。しかし、DE&Iを推進している企業ならば研修や社内啓発があるため、マイクロアグレッションは比較的少ないでしょう。仮に差別的な言動やSOGIハラがあったとしても、SOSを出す先がありますし、周囲が問題行動を指摘してくれることもあります。
―「価値観は個人による」と踏まえても、企業のDE&Iに対する姿勢はきちんと見ておいた方がいいですね。
吉田:はい。「だれでもトイレ」の設置や社内研修の実施には追加コストがかかる、という話をしましたが、既にDE&Iの土壌が整っている企業であればこれらは導入済み(=追加コストがかからない)の可能性もあります。JobRainbowに掲載されているようなLGBTQ+フレンドリー企業、DE&I先進企業を選ぶ、というキャリア選択も良いと思います。
もうひとつ提案したいのは、「絶対に嫌なこと」を避けるというキャリア選択です。
―嫌なことを避ける、ですか。中長期でのキャリア形成が難しくなりそうに聞こえますが…
吉田:いえ、「絶対に嫌なこと」です。私はある企業の合宿で、戸籍上の性が男性であったことから、男性数名の大部屋になりました。クローズドにしていた私にとって、この体験は本当に嫌で、今すぐいなくなってしまいたいと思いました。そこから私は転職する際、「大人数での同室宿泊がない」を企業選びの条件にしました。
吉田:嫌な度合いにはグラデーションがあると思いますが、経験を思い出したり、時には想像力を膨らませたりして、自分が嫌なことを一度列挙することをお勧めします。挙げたものを「どちらが嫌か」比べていくと、自分の「絶対に嫌なこと」がクリアになり、同時に他の「嫌なこと」はそこまで嫌だったわけではないのかも? と自分なりの線引きができると思います。嫌なことがあった時、「すぐに転職/退職する」以外の選択肢も見つかり、キャリアがひらけてくるのではないでしょうか。
―自己理解の解像度を上げることで、むしろキャリアの選択肢が増えるんですね。
吉田:仕事を選ぶうえで、自身の強みややりたい事などはおそらく棚卸をされるでしょう。それと同じ感覚で自分がやりたくない事、選びたくない道というのも明らかにしておくことがスムーズなキャリア選択に繋がると、これまでの経験からはそう思います。
一方で嫌だ、苦しいと感じてしまう現状への働きかけも、私はあきらめたくありません。中長期のキャリア形成より短期的な転職を優先してしまう方は、程度の差はあるでしょうが「自分を否定されて、助けを求められなかった」経験をされているのではないでしょうか。そういったつらい経験を、逃げるだけでなく世の中から少しでも減らしたい。そのために私は全ての人に「目の前の相手を否定しないでほしい」と伝えたいです。
何が起きたか、何を思ったか、何をしたか…その人から見えていることは、本人の視界では揺るぎなき事実です。否定するのではなく、「相手の考え方はこうなのか/相手からはこう見えているんだ」と一旦受け止めて対話することで、世の中は大きく変わっていくと思います。
―本日はありがとうございました!
ご自身の経験を活かし、現在はトランスジェンダーの就業に関する社内講演なども行う吉田さん。「自分の体験談や考えを話すことで、少しでも性のあり方で悩む後輩の助けになれば…」と、読者の皆様とお話しする機会を快く引き受けてくださりました。
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※吉田さんの都合上、ご連絡いただいたすべての方とお話を確約できるわけではございません。ご了承ください。