【学生ライター発掘プロジェクト①】「私は、女でも男でもなく、私である。」【姉歯 杏奈】

ライター: Rickey
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本コラムは、LGBTQ+のライフとキャリアを支えるJobRainbow MAGAZINE主催JobRainbow学生ライター発掘プロジェクト!でご応募いただいたコラムとなっております。
姉歯 杏奈さん、ありがとうございました。

私は、女でも男でもなく、私である。

そう考えるようになったのは、今からそう久しくはありません。

私は、現在26歳で大学3年生。世間一般からは、少し変わったように見える生き方をしています。

今の大学へは、社会学、主にジェンダー論を学びたいという意志のもと入学しました。

それまでの私は、女性学への関心が高く、「女だからって舐めやがってー!」とか「死んでも媚びない!したたかな女には絶対にならない!」といった強烈なまでの鎧を身に纏っていました。

振り返ると、女性の権利を向上させたいという気持ちと並行して、自らの中にミソジニーを抱えていた事は確かです。自分が女性であるという事に、劣等感や憤りを感じていたのだと思います。

今となっては、それも社会的な抑圧のもとで生まれた感情であるということを理解が出来ますが、その頃は苦しかった。まるで自分の首を自分で締めているような、出口の分からない自己否定に苦しんでいました。

パンセクシュアルという概念との出会い

そんな生きづらさから解放されるきっかけとなったのが、ジェンダー論との出会いでした。

大学でのジェンダー論の講義や、ジェンダー論に関する本、セクシュアリティに関する映画に積極的に触れるようになり、自ずと「私は、どうだろう?」と自らのジェンダー観やセクシュアリティについて内省する時間が増えていきました。

そんなある日、「パンセクシュアル(全性愛)」という言葉と出会い 、その概念が自分の性的指向にばっちり合致した感覚を覚えました。「私、これだ!」と。

人を人として見る。その人の人間性に惹かれる。

パンセクシュアルを自認した頃から、「”人を好きになる事”と”性別”という概念は、私の中では全く無関係なものである」と強く感じています。

性別二元論への疑問符

「人を人として見る。」

それは、自分自身も性別に囚われることなく「私を私として生きる」という、希望的な予測を信じることにつながると考えています。

しかし、本当の意味で性別に縛られず生きていくことは、今の日本社会においてはとても難しいと感じざるを得ません。

何故なら、 今私達が生きている社会は女性または男性かの二択、すなわち”性別二元論”に縛られた社会であるからです。

そのことに、疑問を呈する人はどれ程いるでしょうか。

個人のジェンダー観に比較的寛容なイメージのあるセクシュアルマイノリティのコミュニティ内でさえ、ジェンダーバイアスの再生産及び、性別二元論の再生産は行われています。

例えば、レズビアンコミュニティ内において、男性的な振る舞いや容姿をしている者に対して使われている”ボイ”という表現や、女性的な振る舞いや容姿をしている者に対して使われている”フェム”と言った表現。これらは、明らかに性別二元論を再生産しています。

私は決して、カテゴライズする/される行為によって、自らの立場を明確なものとする事を否定しているのではありません。

ただ、その行為自体が実は、性別二元論を強固なものにし、本当の意味での性の解放にはならないと示唆したいのです。

結びに変えて

また、現在の日本では、戸籍上の性別を変更する為には厳しい条件を満たしていなければなりません。その条件の一つに「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」とあります。

これはつまり、「一度性別を変更したら二度と元には戻れない」ということを表しています。

法律が人の多様性を狭めている現実を、私たちはしっかりと直視しなければなりません。

すべての人が、「自分を自分として生きている」と実感できる日が来るまで。


JobRainbow編集部より

経験に基づいた、姉歯さんにしか書けないコラムだと思います。

二元論への疑問、現存の社会への「気づき」を与えてくれる素敵な体験談、ありがとうございました!

「JobRainbow学生ライター発掘プロジェクト!」のコラム②はこちら→ 【学生ライター発掘プロジェクト②】私のセクシュアリティは何と呼ぶ?~名前を探す旅~ 【光希】

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