「LGBTトイレ」?〜アメリカと日本それぞれ比較〜【ハウスビル2を考えてみた】
LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーの頭文字をとった、セクシュアルマイノリティの総称)の人が、日常生活の中で不便に感じる場所や場面はさまざまです。
その中でも、特に「ストレス」を感じやすい場所は、公共施設や職場・学校。「トイレ」や「更衣室」など男女別に分かれなければいけない場面があるからです。
特に「トイレ」は毎日使う施設であり、誰もが安心・快適に使える環境であるべきです。
今回の記事では、トランスジェンダー(身体的性と自認する性が一致しないセクシュアリティ)の人に注目して、「LGBTトイレ」の現状をご紹介します。
※なお、ここで言う「LGBTトイレ」とはトランスジェンダーをはじめとしたセクシュアルマイノリティの方も使いやすく工夫されたトイレのことであり、LGBT 専用のトイレという意味合いではありません。
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トランスジェンダーの人がトイレで感じる”ストレス”
TOTOが行なった調査によると、トランスジェンダーの人の31.1%が「トイレに入る際の周囲の視線」をストレスに感じています。
続いて23.5%が感じるストレスは、「トイレに入る際の周囲からの注意や指摘」です。
次に21.4%が感じるストレスは、「男女別のトイレしかなく選択に困ること」です。
アメリカにおけるLGBTトイレの現状
アメリカでは、同性婚が認められています。そのため、LGBTの人々を考慮した「トイレ作り」も進んでいると思われるかもしれませんが、実際には理解が全土に広まっているわけではありません。
そこで、差別的法案で論争になった「ハウスビル2」を通して、残された課題を見ていきます。
1. 差別的法案
1.1 「ハウスビル2」とは?
「ハウスビル2」(HB2)通称「トイレ法」は、2016年3月23日に保守傾向が強い南部のノースカロライナ州の州議会で可決され、その後施行された、トランスジェンダーの人々に対しての差別的法案です。
内容は、「出生証明書と同一の性別」のトイレの使用を求める法案です。
つまり、自分が「自認する性別」に合うトイレの使用を禁止しています。
シスジェンダー(身体的性と自認する性が一致するセクシュアリティ)が当たり前にできること(自認する性と同じ性別のトイレに入る)を、トランスジェンダーの人々はできない、という点が差別的です。
この州法によって、ブルース・スプリングスティーンさんをはじめとする有名アーティストが、同州でのコンサートを中止、また米国のPayPalが同州の都市シャーロットでの新施設の計画を中止しました。
AP通信によると、これらによる同州が被る経済的損失は、12年間で37億ドル(約4070億円)になる可能性があるといいます。
1.2 「ハウスビル2」が成立した背景
実は、LGBTが「自認する性別」に応じたトイレの使用を許可する条例が、2016年2月にノースカロライナ州シャーロットで可決されました。
しかし、同州はこの条例を無効とするために「ハウスビル2」を可決したのです。
無効とするための理由として、ノースカロライナ州副知事であるダン・フォレスト氏は、「シャーロットが可決した条例によって、幼児性愛者や性犯罪者、変質者も自由に異性トイレを覗けるようになってしまう」と述べました。
「トイレ」は、たびたび痴漢や変質者が問題になります。
そのため、一見この言い分は正しいように見えますが、「痴漢の問題」は、シャーロットの条例によって引き起こされるものではないはずです。条例自体を無効にするのではなく、痴漢が起きないために他の対策(例えばトイレの構造を変えるなど)を講じることが急務であるはずです。
1.3 アメリカ政府の反応
オバマ前政権は、「ハウスビル2」に対して「合衆国憲法に違反する内容」とみて、ノースカロライナ州に法律を見直すことを求めました。
しかし、同州は司法省に対して訴訟を起こしたため、連邦政府も訴訟を起こしました。
さらに、同州出身であるロレッタ・リンチ司法長官は以下のように述べています。
「私たちが絶対にしてはいけないこと、それは隣人、家族、同じ国民に対して、自分ではコントロールできないことを批判し、人格を否定することです。そのために、州が個人のアイデンティティーを規制したり、本来の自分ではない人間として振る舞うよう要求したり、差別したいがために本来は問題ではないことを問題化してしまったりする時、私たちはただ黙って見過ごすわけにはいかないのです」
huffpost『「トイレ法」ノースカロライナ州が撤回、しかし代替案にも批判が…』
1.4 代替法案!?
当時の知事は2016年11月の知事選に敗れ、ロイ・クーパー氏が知事になりました。
そして、共和党の議員らと民主党のロイ・クーパー知事が、2017年3月30日「ハウスビル2」を撤回する代替法案を可決しました。
しかし、LGBT擁護団体「Equality NC」は「この代替法案はハウスビル2の根本の発想は撤回されておらず、差別をさらに強めるものだ。」と述べました。
代替法案であるこの新法には、保守派への譲歩が含まれていました。
ノースカロライナ州のこの問題は未だに解決されていません。
2. 「LGBTトイレ」の普及[大学編]
それでも、アメリカでは「LGBTトイレ」の普及が広まっていると言えます。
大学を例にとってみていきます。
2.1 ノース・ウェスタン大学(Northwestern University)
シカゴにあるノース・ウェスタン大学が、2017年に「All GENDER RESTROOM」(だれでもトイレ)を設置したことを発表しました。
「だれでもトイレ」のマーク(ピクトグラムと言います)は多種多様です。性別に関係なく、また障害を持った方でも、みんなが利用しやすく作られたトイレのことです。
大学側は、この新しい設備によって他大学も、「だれでもトイレ」に似たトイレを備えることを願っている、と述べています。
2.2 カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)
2016年5月、UCLAは200個目の「だれでもトイレ」を設置しました。
UCLAは、アメリカ国内のどの大学よりも一番多く「だれでもトイレ」を設置しています。そして、この「だれでもトイレ」は個室トイレになっているので、安心して利用することができます。
日本におけるLGBTトイレの現状
日本では、東京都でLGBTトイレを見かけることが多いですが、その他の地域でも積極的に取り組んでいます。
1. LGBTトイレの普及 [学校編]
1.1 早稲田大学
「クィア・スタディーズ入門」(ちくま新書)の著者である森山至貴先生が准教授を務めている大学でもある早稲田大学では、多様な性を尊重し、みんなが安心してキャンパスライフを送れるように、多目的トイレのサインを「だれでもトイレ」に統一しています。
1.2 京都精華大学
だれもが多種で違いがある、という考えのもと、不自由、差別や排除がないキャンパスの環境を目指している大学です。
性別や障害の有無を問わず、みんなが利用できる「みんなのトイレ」を学内に24箇所設置しています。
このピクトグラムでは「スカート」や「ズボン」などの描写をなくし、「性別」自体を消しているように見えます。
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2. LGBTトイレの普及 [会社編]
2.1 IBM
IBMは、アメリカに本社を持ち、主にコンピュータ関連の製品やサービスを提供する企業です。
2015年7月から始まった全社リノベーションのタイミングで、箱崎の本社オフィスに25箇所の「誰でもトイレ」を設置しました。
3. LGBTトイレの普及 [公共施設編]
3.1 大阪市区役所
以前、大阪市の庁舎や区民センターでは、多目的トイレに「レインボーマーク」が表示されていました。
しかし、複数の当事者から「マークがあることによる使いづらさ」を指摘されたため、2018年3月末でマークを外しています。現在は、「どなたでもご利用いただけます」の表示のみとしています。
担当者は、「これからは当事者の多様な意見を踏まえつつ、施策を検討したい」としています。
おわりに
最後までお読みいただきありがとうございます。
「LGBTトイレ」に関しては、当事者の間でも様々な意見があります。LGBTフレンドリーマークをつけることによって、周囲にセクシュアリティを知られてしまう可能性もあるからです。
マークにこだわるのではなく、「だれでもトイレ」などの”文字”で表現するのも一つです。
みんなにとって「完璧なトイレ」を作るには時間がかかるでしょう。しかし、トイレに入りづらくて我慢している人、トイレが窮屈な場所に感じている人がいます。
我慢することによる健康への悪影響や、困っている人のことを考えると、まずは「みんなのトイレ」を増設することが必要です。
参考文献
- HUFFPOST「「トイレ法」ノースカロライナ州が撤回、しかし代替案にも批判が…」
- CHRISTIAN NEWS「Northwestern University Announces Opening of Gender-Neutral, Multi-Stall Restroom」
- UCLA Newsroom「UCLA project to create more all-gender restrooms reaches milestone」
- 産経新聞「LGBT配慮のレインボーマーク 当事者指摘で掲示中止に 大阪市の多目的トイレ」