フィクトセクシュアル/フィクトロマンティックとは【キャラクターを愛する】

ライター: りっきー
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フィクトロマンティック(fictoromantic)とは、アニメや漫画の登場人物をはじめ、つくられたキャラクターを愛するセクシュアリティです。
また、フィクトセクシュアル(fictosexual)とは、つくられたキャラクターに性的魅力を感じるセクシュアリティです。

LGBTの中でもレズビアンゲイバイセクシュアルをはじめ、人を愛する気持ちが多様であることは世の中に知られつつあります。

しかし、そもそも愛とは「人から人に向くのがあたりまえ」ではないかもしれません。

今回の記事では、こうした「愛」の議論で見逃されてしまいがちなフィクトロマンティック、フィクトセクシュアルについて解説していきます。

フィクトセクシュアル、フィクトロマンティックと”fict”

開いた漫画

フィクトセクシュアルとは、架空のキャラクターに性的な魅力を感じるセクシュアリティです。一方、感じるのが恋愛的な魅力であればそれはフィクトロマンティックと言えるでしょう。

フィクトセクシュアル(fictosexual)、フィクトロマンティック(fictoromantic)の2単語に隠れている”ficto”。これは、”fict”という部分がフィクション(fiction)と共通しています。

”fict”はラテン語で「つくる」を意味する”facere”が由来となっています。フィクションは「つくられたもの」を指し、フィクトロマンティック、フィクトセクシュアルは架空のもの、つまり「つくられたもの」に感情が向く。そのためどちらも”fict”が語根となっているのです。

「愛=人から人に向くあたりまえの感情」?

木の板に書かれたハート

自治体単位での同性パートナーシップ制度が広まりを見せるなど、「人を愛する気持ちは多様である」という認識は少しずつ認知されてきています。

他方で、「愛=様々な相手に抱く感情」と考える際、「2つの誤解」によって人を苦しめてしまう危険があります。

1つは、「愛とは(当然)人間に抱くものだ」という誤解。これは今までにも述べてきた通り、フィクトセクシュアルやフィクトロマンティックの人々を、彼らが実際に抱いている愛情を否定して苦しめます。

もう1つは、「愛とは(当然)誰かに向いているものだ」という誤解。この誤解は、他者に恋愛的・性的魅力を感じないアセクシュアルアロマンティックです。

魅力を感じる対象が異性・同性など個人差があるように、他人に性的魅力を感じる・感じないといった個人差もあります。

フィクトセクシュアル、フィクトロマンティックは「LGBT」というカテゴリーには含まれないと考えられることが多いですが、「性にまつわるあたりまえ」に苦しめられている点は同じなのではないでしょうか。

フィクトセクシュアル、フィクトロマンティックへの誤解

コーヒーと漫画とメガネ

「現実の恋愛から逃げているだけ」?

フィクトロマンティック、フィクトセクシュアルの人に対して、次のように思う人がいるかもしれません。

「現実でモテないから、架空のキャラクターに逃げているのでは……?」
「キャラクターが好きなのは、気の迷いでは……?」

しかしヘテロセクシュアル(異性愛者)の人は、同性にモテる・モテないにかかわらず、異性を好きになりますよね? 同じように、フィクトロマンティック、フィクトセクシュアルの人がキャラクターを好きになるのは、現実でモテる・モテないに関係ないのです。

また、ヘテロセクシュアル(異性愛者)の人に対して「異性が好きなのは『気の迷い』」だとは言わないように、フィクトロマンティック、フィクトセクシュアルの人に対して「キャラクターが好きなのは『気の迷いだ』と決めつけることはできません。

フィクションと現実の区別がついていない?

「漫画やアニメと現実が区別できていないのでは……?」
「好きになる対象が実在していないのは、おかしい気がする……」

このように思う人がいるかもしれません。

しかし「好きになる対象=人間」というのは、自分だけの「あたりまえ」である可能性もあります。

キャラクターへの愛に関して、以下の投稿がSNS上で話題となりました。

フィクションと現実、キャラクターと人間の区別がついていないわけではなく、キャラクターだと承知の上で愛している方がいるのです。

おわりに

背中にBORN THISと書かれたジャケット

フィクトセクシュアル、フィクトロマンティックは、まだ浸透していないのが現状です。

「LGBT」と呼ばれる、いわゆるセクシュアルマイノリティは、レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーだけではありません。しかし、「LGBT」という呼称を使う中で、誰かを置き去りにしてしまっていないでしょうか。

愛する対象が異性に限らないように、愛する対象が必ずしも人間であるとは限りません。そもそも、誰かに恋愛感情を抱いたり性的魅力を感じたりすること自体、あたりまえとは限りません。

「多様性」を考えるためには、さまざまな「あたりまえ」を疑うことが必要なのです。

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