ジェンダーフリーの意義や歴史、反対意見まで徹底解説!【ジェンダー・バックラッシュって?】

ライター: JobRainbow編集部
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「ジェンダーフリー」という言葉を耳にしたことがありますか?なんとなく知っていても、意味を説明できる人は少ないかもしれません。

実はこのジェンダーフリーをめぐって、日本では90年代後半から約20年間、数々の論争が繰り広げられてきました。

性の多様性が可視化されはじめた今だからこそ、そんなジェンダーフリーについて、その言葉が生まれた背景、反対派の意見や、またそれに伴う日本の性差別の歴史について、たっぷりと紹介していきたいと思います。

「ジェンダーフリー」の意味 ~ジェンダーレスとの違いは?~

キッチンで料理する男女

ジェンダーフリーとは、「従来の固定的な性別における役割分担にとらわれず、1人ひとりが自由かつ平等に行動、選択をできるようにしよう」という考えです。

例えば、女性だから管理職につきづらい、男性だから専業主夫になりづらいといった苦悩は、「女性はこうあるべき、男性はこうあるべき」という性別に関するステレオタイプ的考えから差別に繋がっているものといえます。

さらに、このような性別役割分業は性別を男女に限定する男女二元論を助長し、LGBTなどの性的マイノリティの存在も見えなくしてしまうという問題もあります。

こういった状況に対して、「誰もが性にとらわれず、自らが望む選択をできるようにしよう」という考えこそが、ジェンダーフリーの本来の意味なのです。

ジェンダーフリーとよく混同されがちなのが「ジェンダーレス」という言葉です。これは、「ジェンダーレス男子」などが話題になったこともあり、知っている方も多いのではないでしょうか。

ジェンダーレスとは「男女の境界を無くす、男女の性差をなくす」という意味ですが、これとジェンダーフリーは本来異なる意義であることが、はじめに理解しておきたいポイントです。

ジェンダーレスはファッション業界でもよく使われるように、性別の境界線をなくすこと。

一方ジェンダーフリーは「性別を無くそう」ということではなく、「性別によるあらゆる社会的な差別を無くそう」という意味です。

ジェンダーフリーに対する誤解と反対意見

氾濫する書籍の山

日本では、1985年に女子差別撤廃条約を批准した後、90年代から「ジェンダーフリー」という言葉が徐々に浸透していきました。

しかし注意しておきたいのが、その中で認識されていた「ジェンダーフリー」が、必ずしも本来の意味をそのまま反映させたものではなかった部分があることです。

先ほど、ジェンダーフリーとは本来「誰もが性にとらわれず、自らが望む選択をできるようにしよう」という考えであると述べました。しかしそれが、「人間の性別を無くそうとしているのではないか」「性別をなくせば、人のアイデンティティーが揺らいでしまう」と誤った解釈をされ、「ジェンダーフリーは危ない」といったような反対意見が飛び交いました。

例えば、「ジェンダーフリー教育を推進したら、学校の更衣室も男女合同になってしまう」「スポーツがすべて男女混合競争になる」という非現実的な批判や、「ジェンダーフリーはひな祭りなどの伝統文化を破壊しようとしている」「ジェンダーフリー教育により、同性愛者や両性愛者、性別が分からない人間が日本に溢れ国が崩壊する」といった過激かつ差別的な解釈まで。

このような批判が飛び交った背景として、「女らしさ」「男らしさ」といったジェンダー区分が非常に重視されていたことがひとつの原因といえます。

今でこそ「女はおしとやかであり、家事をするべき」「男はたくましく、外で働くべき」などの考えはジェンダーに関するステレオタイプであると認識されていますが、当時はそういった「女らしさ」「男らしさ」を反映した家庭が今に比べ当たり前に理想像とされており、それが社会の秩序を保っているとも考えられていたのでした。

そういった状況に現れた「ジェンダーフリー」は社会の秩序を乱すと考えられ、政治的、権威的な圧力と共に弾圧されていったのです。これが「ジェンダー・バックラッシュ」です。

ジェンダー・バックラッシュとその影響

鎖で縛られた本とスマートフォン

ジェンダーフリーにはじまり、性差別を無くそうとする動きや、また性に関する教育を発展させようとする動きに対する反対圧力を「ジェンダー・バックラッシュ」と言います。

ジェンダー・バックラッシュは主に「ジェンダーフリー」という言葉が広まった1990年後半ごろからはじまり、ごく最近の2010年ごろまで幾度にも渡り続いていました。

では一体どのような圧力がかけられていたのかというと、たとえば教科書の性の多様性などに関する内容が検定で禁止されたり、図書館から同性愛やトランスジェンダーに関する本が消されたりなどしていた事実が挙げられます。

また、メディアや出版によるジェンダーフリーに関するネガティブキャンペーンなども非常に多く行われていました。

こうして教育現場をはじめとし、人々が「性」というトピックについて正しい知識を得る機会、そして考える機会が奪われていったのです。

近年ようやく一部の学校教科書に「LGBT」という言葉が含まれるようになりましたが、実は日本では20年近くもの間、このような圧力がかけ続けられていた歴史があります。

今の日本は、諸外国に比べてジェンダー平等や性の多様性などに対する意識がまだまだ低いことが問題となっていますが、その背景のひとつとして、「知識を得る機会が奪われていた」という事実があることを私たちは忘れてはいけません。

性多様性について学校で教えることについても、政府側は「国民の理解を得るのが難しい。当事者の児童生徒には、個別に対処することで配慮していく」と消極的な態度を取り続けています。しかし、「無知」は差別や偏見の温床となることは、日本の現状を見ても明らかでしょう。

現代の「ジェンダーフリー」の意義

手を取り合う姿

ジェンダー・バックラッシュの影響を踏まえ、現代においても「ジェンダーフリー」という言葉は誤解され続けている部分があり、また「あらゆる弊害が起こる」として反対意見も多く存在しているのが事実です。

また、昨年話題になった杉田水脈議員の「LGBTは生産性がない」発言。新潮45に掲載された文章の中で、彼女は『(LGBTを取り上げる報道により)「常識」や「普通であること」を見失っていく社会は、秩序がなくなり、いずれ崩壊していくことにもなりかねません』と主張しました。これは、ジェンダーフリーに対するバックラッシュ側の主張にも似ています。

しかし、「常識」「普通であること」とは、一体誰のための、何のことを指しているのでしょうか。

「性別にとらわれず誰もが自分らしく生きる権利」を尊重することは、すべての人の基本的人権のために必要なことなのではないでしょうか。

めまぐるしく動いていく世の中で、ジェンダーに関する価値観や文化は、この数年でも大きく変化してきました。しかし現在も、職場や学校など社会のあらゆる場面で性差別は根強く残っています。そんな中で私たちはこれからも、性に限らずすべての人にとって生きやすい社会を目指し続ける必要があります。

そのためには既成概念に疑問を持ち、よりよい社会のために本当に必要なことは何か一人ひとりが考え、またそれを「考える」機会を次世代に伝えていくことが重要なのです。

ジェンダーフリーに関しては、最近では有楽町のマルイに「GENDER FREE HOUSE(ジェンダーフリーハウス)」がオープンしたことが話題となりました。

こちらは、「性別や年代、身体的特徴を超えたすべての人が自分らしく、なりたい自分になれるコミュニティーストア」というテーマで、ジェンダーフリーのカジュアルウェア・シューズ・メイク用品などの販売を行っているスペースです。

「中性的な服を売る」ことが目的ではなく、「性別にとらわれず自分の望むファッションを楽しんでもらう」ことが目的なので、単に「ジェンダーレス売り場」や「ユニセックス売り場」というわけではないのです。

有楽町マルイ「GENDER FREE HOUSE」押さえておくべき3つのポイント【体験レポート】

おわりに

「フェミニズム」はかつて女性の権利を獲得することを目的としてはじまり、時代の変化や多くの学びを経て、現代では性に関わらず「すべての人」の権利のための運動に変わっていきました。

「ジェンダーフリー」も同様に、初期こそ男女の参画や性別役割分業からの脱却を目指していましたが、本質的にはすべての人が性に縛られず自分らしく生きていくための文化であるといえます。

ジェンダーフリーをめぐっては賛否共にあらゆる意見がありますが、シンプルに考えれば

「性別によって自分のしたいことができない、しづらい」という人を一人でも減らすために必要なことなのです。

「性によって行動が制限される」ことがなくなり、「当たり前に」自分の表現したい自分を表現し、「当たり前に」自分のやりたいことを諦めないでいられる、そんな社会に向けて私たちができることをこれからも考えていきましょう。

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